泣くなよ。

うそ。泣いてもいい。好きにしていい。っていうか泣け。遠慮せず好きなだけ泣いていい。俺も泣く。率先してベソをかく。

かくして悪は仕上がる

 昔まだ小さかった頃、乳離れもおむつはずしもとっくに済んだ年齢のくせにやたらと親にべたべた甘えまくった時期が俺にもあった。やっと言葉をしゃべるようになったくらいの弟が親から甲斐甲斐しく世話をされているのが羨ましいやら妬ましいやらで正直しんどかったのだ。何がなのかは今でもわからん。
 その日も何だか物さびしい気がしてちょっとくっついてみたらあらあらこの子ったらとか何とか言いながら母は俺を抱き上げてくれたがたまたまそこに同席した叔母に向かって言うことには「こうやってかまってやるのもこの子にとっては必要だし大切なことだって判ってるんだけど、ほらあそこであの子が見てるでしょうまだあんなに小さいのにお兄ちゃんにママを譲って必死で我慢してるのよ。あれを見るといじましくってねえ」。
 それから叔母と母は弟の可哀想さと俺の可哀想さを取りとめもないおしゃべりの中で並べたり比べたりして最終的には俺の言動をしょうがないと言って"赦し"、叔母はお土産をたずさえて帰っていった。
 見送ってから「なんだこれはまるでぼくがわるものみたいじゃないか」と俺は思い、思った途端に何かがすっと冷めてしまって結局その日を境に母親に甘えつくことを一切やめた。あまりにすっぱり絶ったので母親が逆に心配して頭をなでてきたりするようになったがその手を振り払って応じるに至った。母親は自然俺よりも弟たちをかわいがるようになり、俺がそれにまた嫉妬して余計な事をしでかしたり必要以上にうるさくするものだからごく微妙なレベルにおいてだが俺は家族の中で「厄介者」「困った子」色を強めていくこととなった。
 なるほどこうやって人は嫌われ者や悪者になったりするのだなと俺は幼心に思ったものだ。